親の事で子供がとても困ったお話

正解が分からなかった話

高血圧から始まり、
心臓の徐脈、そしてパーキンソン病。
父の体調は、少しずつ、確実に変化していきました。

少ないときはかなり低く、
落ち着いている時でも安定しない状態で、
日によって大きく変動することもありました。

医師からは何度も
「ペースメーカーを検討してもいい時期ですね」
と言われていました。

……が、
父はとにかく頑固

「手術は嫌だ」
「まだ大丈夫だ」
その一点張りで、10年が過ぎました。

年齢を重ね、体力も落ち、
こちらから改めて相談してみても、
答えはやっぱり同じ。

即・拒否。


反応が鈍く、少し心配になる状態

ある日、
パーキンソン病の薬の副作用なのか、
それとも体調のせいなのか、
父の反応がやけに鈍い日がありました。

話しかけても返事が遅く、
こちらの言葉も、どこまで理解しているのか分からない。

「これはおかしい…」

そう思い、念のため救急車を呼んで、病院へ向かうことにしました。


「都合のいい時だけ、まともになる父の話」

搬送先の病院は主治医が居る病院で、主治医が父に言いました。

「脈が20〜30しかないですよ。
ペースメーカーを入れた方が、ずっと楽になりますよ」

すると…

「先生すまんが、ペースメーカーはいれないから」と言うのです。

さっきまで
「ボケてるのかな?」
「聞こえてない?」
というくらい反応が鈍かった父が、

急にシャキッ。

目が合う。
会話が成立する。
受け答えが、やたら的確。


医師も思わず苦笑い

その様子を見て、主治医が一言。

「普通の会話だと、
ちょっと認知っぽいことを言うのに、
ペースメーカーの話になると、
急にまともになるんですよぉ…」

私は心の中で思いました。

ペースメーカーの話になったら、正気に戻るんかい。


最後は「本人の意思を尊重」

けれど、最終的に病院から伝えられたのは、
とても現実的な判断でした。

「10年前から意思表示は一貫しています。
今もご本人の意思は変わって
おりません。
そのため、こちらとしては
お父さんの意思を尊重することになります」

つまり、
手術はできないという判断でした。


笑えて、でも少し切ない介護の現実

最後はふっと現実に引き戻される。

介護をしていると、
こんな瞬間が何度もあります。

心配で、もどかしくて、
それでも本人の人生を尊重しなければならない。

頑固な父は、
ペースメーカーの話になると意識がはっきりして、
最後まで自分の意思を曲げませんでした。

後になって、
主治医からこんな言葉をかけられました。

今思うと、ペースメーカーを入れなかった判断は、
正解だったのかもしれないですね」

高齢者で体力的な問題と、
手術そのものにリスクがあることも含めて、
そう話していました。

まとめ

主治医の先生から、
「結果的に、ペースメーカーを入れなかった判断は正解だったのかもしれませんね」
そう言われたとき、私は大丈夫なの、でもどこか納得している自分がいた。

医療としては「できること」があっても、
それを「どう選ぶかどうか」は、本人しだいだと感じました。

父は最後まで頑固でいて、
周りがどれだけ心配しても、自分の意思を曲げることはしなかった。
その姿に、もどかしさや不安を感じることが多かったけれど、
今振り返ると、それも父らしい生き方だったんだと思っています。

介護をしていると、
「どうするのが正解なのか」分からなくなる場面が何度もいっぱいあります。
この人にとって何をしたら一番いいか、と考えてしまうこともあります。

でも、
その人がどう生きたいか、どこまで自分で決めたいのか。
そこに寄り添うことも、ひとつの大切な支え方なんだと気づかされました。

父が選んだ道は、決して楽なものではなかったかもしれません。
それでも最後まで「自分で決める」という姿勢を貫いたことは、
ひとつの強さであり、生き方そのものだったと思っています。

私にとって父の看取りの経験は、
「命をどう支えるか」だけでなく、
「その人の人生をどう尊重するか」を考えさせられた出来事でした。

だから今は、
あのときの選択も含めて、
「そういう生き方もあるんだ」と、心の中で受け止めています。

亡くなってもう二年目に入ります。今でもなんだか近くにいるように思うときがあるんです。

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