親の老いと向き合えなかった私の気持ち|介護をして気づいたこと

今だから言えること

親は、いつまでも生きていると思っていた

親は、
いつまでも生きているものだと思っていました。

体が思うように動かなくなっても、
年を重ねても、
そばにいるのが当たり前で、
それがずっと続くものだと、
疑いもせずにいました。


少しずつ変わっていった父の姿

父は年を重ねるごとに、
少しずつ体が言うことをきかなくなっていきました。

それでも父は、
弱っていく自分を見せようとはせず、
「まだ大丈夫だ」と言うように、
できることを手放さずにいました。

私はその姿を見ながら、
この時間は、
いつまでも続くものだと、
自分に言い聞かせていました。


世代が進み、立場が変わっていく中で

気づけば、
父はひ孫の顔を見る年齢になり、
私自身も孫の顔を見る年齢になっていました。

同時に、
親の介護を担う立場にもなっていました。

本来なら、
孫の成長をそばで見守れる時期なのかもしれません。

けれど現実は、
親の介護に向き合う日々でした。


支えられているという事実

一方で、
息子の家庭では、
お嫁さんのご家族が、
本当によく息子を支えてくれています。

そのおかげで私は、
今も在宅で、
母の介護を続けることができています。


伝えきれない感謝の気持ち

本来なら、
私が背負うはずだった役割を、
知らないところで、
そっと支えてくれている人がいる。

お嫁さんのお母さんには、
感謝の気持ちしかありません。

直接、
言葉にするのは照れくさいけれど、
心の中では、
何度も思っています。

本当に、ありがとうございます。


親を見送る途中にいる、今の私

親は、
いつまでも生きているわけじゃない。

頭では分かっていたはずなのに、
心が追いついていなかっただけ。

世代が進み、
立場が変わり、
支え合いながら生きている今。

親が年を取っていることも、
自分自身が当たり前に年を重ねていることも、
分かっているはずなのに、
心ではなかなか理解できませんでした。

これは、
私の子どもたちと私の親の話であり、
親を見送る途中にいる、
今の私の記録です。

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